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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1183号 判決

控訴人・被附帯控訴人

椎原寂

控訴人・被附帯控訴人

椎原澄代

右両名訴訟代理人

近藤与一

外七三名

被控訴人・附帯控訴人

埼玉県越谷市

右代表者市長

黒田重晴

右訴訟代理人

早瀬川武

外二名

被控訴人

蒲生土地改良区

右代表者理事長

浅見英蔵

右訴訟代理人

早瀬川武

主文

一、控訴人らの控訴中控訴人らが原審において勝訴した部分(原判決主文第一項)に対する控訴を却下し、被控訴人越谷市の附帯控訴を棄却する。

二、原判決を次のとおり変更する。

被控訴人らは、各自、控訴人椎原寂に対し、金三四三万八三〇五円及びこれに対する昭和四六年五月三〇日から完済まで年五分の金員を支払い、控訴人椎原澄代に対し、金三三一万〇八八九円及びこれに対する昭和四六年五月三〇日から完済まで年五分の金員の支払をせよ。

控訴人らのその余の請求(当審における拡張請求を含む。)を棄却する。

訴訟費用は、第一・二審を通じて三分し、その二を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

この判決は、金員の支払を命ずる部分につき、仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。被控訴人らは、連帯して、控訴人椎原寂に対し、金一〇三三万四八六〇円及びこれに対する昭和四六年五月三〇日から完済まで年五分の金員の支払い、控訴人椎原澄代に対し、金一〇一二万二五〇〇円及びこれに対する昭和四六年五月三〇日から完済まで年五分の金員の支払をせよ。訴訟費用は、第一・二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人越谷市の附帯控訴につき、附帯控訴棄却の判決を求めた。

被控訴人ら訴訟代理人は、控訴棄却及び控訴人らの当審における拡張請求棄却の判決を求め、被控訴人越谷市訴訟代理人は、附帯控訴に基づき、「原判決を取り消す。控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は、第一・二審とも控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。〈以下、省略〉

理由

一椎原稔の死

控訴人らの二男稔が昭和四六年五月三〇日越谷市瓦曾根一番地先の本件用水で水死したことは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、稔は、同日夕刻六時頃本件用水の東北方にある葛西用水路からの取入口から自宅附近にいたる用水の西北方に沿う土揚敷あるいはその東南に造られたコンクリート造りの護岸壁を歩いていた際、誤つて本件用水に転落したものと認められる。

二被控訴人らの責任

〈証拠〉によると、本件用水は、元荒川の水を綾瀬川に流す灌漑用のもので毎年四月下旬に水門を開き九月下旬まで通水すること、本件事故現場附近における本件用水の幅員は五メートル前後、その水深は、浅いところで約1.2メートル深いところで二メートル近くあること及び本件事故発生まで本件用水には防護柵等転落防止のための施設が全く設けられていなかつたことが認められ、〈証拠〉によると、越谷市は、昭和三七年頃から都市化が進み、昭和四一年には、本件事故現場附近にも家が建ち始め、本件事故が発生した昭和四六年五月当時は、本件事故現場から直線距離一キロメートル以内に、東武柳田町団地・東武E団地・ひかり団地・東都団地等がつくられ、人口増にともなう市街化の様相を呈していたことが認められるので、市街地を流れる本件用水は、農村時代と異り、本件事故発生当時以前から既に転落等による水難事故を防止するための方法を構ずることを必要とする状態にあつたものというべきである。

前記土揚敷が被控訴人越谷市の所有にして、本件用水が被控訴人蒲生土地改良区において管理するものであることは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、右土揚敷は同土地改良区が越谷市より無償で借り受けて本件用水とともに管理していることが認められ、本件土揚敷は、国家賠償法第二条にいう「公の営造物」であるので、本件事故は、公の営造物である土揚敷に防護柵等危険防止のための方法を構じなかつた瑕疵のため生じたものというべく、被控訴人越谷市は、地方公共団体として、また、被控訴人蒲生土地改良区は、公共組合たる公共団体として、本件事故による損害を各自賠償する義務がある。被控訴人越谷市訴訟代理人は、被控訴人越谷市は土揚敷の管理になんら関与しないと主張するが、被控訴人越谷市が被控訴人蒲生土地改良区に土揚敷を無償貸与しているものであるとはいえ、そのことにより使用収益権が制限されても、所有権に内在する管理権の行使が妨げられることにはならない。殊に被控訴人改良区が自認するように同被控訴人は資産内容も薄弱で特殊目的をもつものである以上、被控訴人越谷市は、右無償貸与中においても、土揚敷につき前示のような危険防止施設を右改良区がやらないときは、自らこれを施行すべき義務あるものと解するのが相当である。従つて、被控訴人越谷市は所有者であると共にその限りで管理者であるので、同代理人の右主張は、被控訴人越谷市の賠償義務を否定する理由とはならない。また、被控訴人蒲生土地改良区訴訟代理人は、同被控訴人の管理する用排水路は総延長一万五六〇〇メートルに及び、右用排水路全部に防護柵を設けることは、収入の点から不可能であると主張するが、〈証拠〉によれば、本件用水の水深は、本件事故現場附近が最も深く、下流では三〇センチメートル程度のところもあり、同被控訴人の管理下にある総延長一万五六〇〇メートルの用排水路のすべてが危険というわけではないこと、三〇〇〇メートルないし四〇〇〇メートルの防護柵を設置するに要する費用は一五〇万円程度で足り、同被控訴人の昭和四五年度歳入歳出決算において翌年度繰越金二四七万六七九六円の存したこと及び従前同被控訴人の管理する用排水路の護岸工事をした際工事費の半額を越谷市が補助し、四分の一を地元において負担したことが認められるので、防護柵の設置等危険防止のための措置を構ずることが期待不可能であつたとまでは認めがたい。

三損害

(一)  葬祭費

甲第一九号証は、その成立を認める証拠はなく、弁論の全趣旨によつてもその成立を認めることはできないが、葬祭費として本件事故当時控訴代理人の主張する二一万二三六〇円程度必要であることは、公知の事実である。

(二)  逸失利益

稔が死亡当時満三年七月であつたことは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、稔は通常の健康体であつたことが認められるので、昭和四六年簡易生命表によると平均余命70.70年を有したものと認めるのが相当であり、稔は、本件事故により、満二〇年に達した時から余命年数内の満六〇年に達するまでの得べかりし収入を喪失したと認めるのが相当である(六〇年以上余命年数までの総収入は、生活費と見合う限度と考えるので、これを考慮しない)。稔が平均余命を全うした場合、いかなる学校を卒業し、いかなる職業に就くかは予測不能であるので全労働者の平均賃金を基準に算定するのが相当である。不法行為による損害賠償の額は、不法行為時を基準として算定すべきであり、労働省労働統計調査部の調査による本件不法行為時である昭和四六年度の右平均賃金の年令別年額は、別表(い)欄の各年令につき、同表(ろ)欄及び(は)欄記載の額であるので、稔も、満二〇年に達したときから満六〇年に達するまで、不法行為時を基準とした場合少くとも同表記載の各年収を得べかりしものということができる。右収入を一時に請求する場合には、死亡時から各収入取得時までの期間(別表(ほ)欄)単利年五分の利息相当額を控除すべく、ホフマン式方法により各年収に別表(へ)欄記載の係数を乗ずることにより右中間利息相当額を控除して各年収の死亡時における現価を求めると別表(と)欄記載の額(円未満切捨)となり、その合計額は一八九九万四三七五円である。ところで、将来の得べかりし収入により逸失利益を算定するには、右収入から生活費を控除すべく、この生活費とは被害者が将来収入を得るに必要な再生産の費用を意味し、この意味における生活費は、平均労働者の場合全稼働期間を通じ既ね収入の五割であることは顕著な事実であるので、前記総収入の半額の九四九万七一八七円(円未満切捨)が稔の損害としての逸失利益となる。

(三)  慰藉料

稔の死亡による控訴人らの慰藉料は、控訴人らの後記過失を斟酌し、各一五〇万円を相当と認める。

(四)  弁護士費用

本件の如く、不法行為の被害者が、自己の権利擁護のため訴を提起することを余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、事案の難易・請求額・認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる範囲内のものにかぎり、右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきところ、〈証拠〉によると、控訴人らは、控訴代理人に対し、認容額の一割を弁護士費用として支払う旨約したことが認められ(控訴代理人は、弁護士費用として各九〇万円支払を受ける旨約したと主張するが、これを認める証拠はない。)、右額は、本件不法行為による損害として相当であると認める。

四過失相殺

1 〈証拠〉によると、昭和三六年五月二六日大熊裕之の娘ゆみ子が本件用水で水死し、昭和四一年夏城取トキの娘恵美が用水に転落して助かつたこと及び控訴人椎原澄代が本件事故前に右各事故を聞き知つていたことが認められる。

2 〈証拠〉によると、次の事実が認められる。

イ、本件事故が発生した日(昭和四六年五月三〇日)の午後、控訴人らの長男宰(当時小学校二年生)は、友人瀬谷弘美(当時小学校五年生)と自宅附近の本件用水で舟遊びをした。この舟遊びというのは、発泡スチロールの板にたこ糸をつけて用水を上流から下流に流す遊び方で、稔は、宰らの後からついて歩いてそれを見ていた。宰らは、発泡スチロールの板を上流から下流に流し、再びそれを上流に持ち返つて下流に流すことを繰り返していた。前夜大雨が降り、用水の水は、一旦土揚敷を越えてその西北方に隣接する田圃に流れ込んだが、宰らが右の舟遊びをしていた頃は前記コンクリート造りの護岸壁の上には達していなかつた。宰らは、発泡スチロールの板を流すため用水に沿つて上下するとき、護岸壁の上を歩き、稔も同様に護岸壁の上を歩いた。宰と稔は、午後四時頃控訴人椎原澄代に連れられて買い物に行つたので、舟遊びを一旦止めたが、午後五時頃帰宅して再び瀬谷弘美と一緒に舟遊びを始めた。午後五時半頃宰の祖母が帰宅し、宰らに向い、控訴人ら方玄関前から家に帰るよう注意したので、宰ら三人は、舟遊びを止めて帰路につき、瀬谷弘美は、そのまま帰つたが、宰は、自宅附近から引き返して再び舟遊びをした。宰は、引き返すとき、稔に家に帰るよう注意して、自分一人で舟遊びをしたので、宰としては稔が家に帰つたものとのみ思つていた。本件事故は、その後間もなく起つた。

ロ、控訴人椎原澄代は、買物から帰つて後自宅二階の物干場で洗濯物をとりこみ終えた時、宰らが舟遊びをしているのを目撃し、舟遊びを止めて早く家に帰るよう大声で叫び(控訴人椎原澄代が叫んだのは、祖母が宰らに前記注意を与えた前である)その声は、宰らに聞えたのであるが、何を言つているのかその内容は聞きとれず、宰ら三人が舟遊びを止めたのは、祖母の注意があつたためである。

ハ、控訴人椎原寂は、当日出張中で、帰宅したは本件事故発生の後であつた。(控訴人椎原澄代は、当審における第二回本人尋問において、同控訴人が前記のように宰らに舟遊びを止めて家に帰るよう叫んだところ、稔は、自宅の前まで戻り、同所にあつたベンチに腰をかけたので、再び舟遊びをすることはないと信じた旨供述するが、右供述は、当審証人椎原宰の証言に対比して、たやすく措信することはでない。)

右1及び2で認定した事実によると、控訴人椎原澄代は、本件用水で子供らが遊ぶことが危険であることを充分承知しており本件事故当時宰は小学校二年生稔は満三年三月で、いずれも、親の口頭による注意に従うことを期待できない幼少の子供であるので、物干台で宰らが危険な舟遊びをしているのを発見した場合、単に舟遊びを止めるよう呼びかけるのみでは足らず(この呼びかけすら子供らに充分伝わつていないことは前に認定したとおりである。)、即刻現場に行き、子供らの手をつかんで自宅に連れ戻した上厳重説諭すべきが監護者として当然採るべき注意義務というべく、本件事故の原因は、防護柵等危険防止の措置を構じなかつたという土揚敷の管理上の瑕疵にあるとはいえ、控訴人椎原澄代の右注意義務の懈怠もその一因をなしており、前記の具体的情況下における右注意義務の懈怠は、強く責められて然るべきものであり、控訴人椎原寂は、当日出張中で不在ではあつたが、不在中の監護義務は控訴人椎原澄代に委したものであるので、控訴人椎原澄代の注意義務懈怠の責は、共同監護者として等しく負わなければならない。

右のように、本件事故の原因の一半は、控訴人らの注意義務の懈怠にこれを求むべきであるので、慰藉料を除く前記損害の四割を減ずるのが相当である。

五消減時効

控訴人らは、当審において昭和五〇年一月二九日提出の拡張申立書により、稔の逸失利益及び控訴人らの慰藉料の額を増額するとともに、原審において請求しなかつた弁護士費用を損害として追加したので、被控訴代理人援用の消滅時効が問題となる。

控訴代理人は、被控訴代理人の消滅時効の援用につき、被控訴代理人において、控訴人らが加害行為の違法及び加害者を知つた時期を具体的に主張することなく漫然消滅時効を援用するのは不当であると主張するが、控訴人らは、訴状により被控訴人らの不法行為を主張しているのであるから、少くとも訴状が提出された昭和四六年七月二〇日の時点においては加害行為の違法性及び加害者を知つていたものというべく、従つて、被控訴代理人が右の点について具体的な主張をしない場合には、訴提起の日を消滅時効の起算日とすればよいのであるから、控訴代理人の右主張は、理由がない。

稔の逸失利益及び控訴人らの精神上の損害は、いずれも、稔の死という同一の事故により生じたものであり、損害の原因事実及び被侵害利益を共通にするものであるので、右損害の賠償を請求する場合における請求権は一個であり、控訴人らは、原審において右一個の債権の数量的な一部を訴求し、当審において請求を拡張してその残部をも訴求したのであるが、原審において一部を請求するにあたり、残部については判決を求めない旨を明示したわけではないので、訴の提起により、一個の債権全部につき消滅時効中断の効力が生じたものと解すべく、逸失利益及び慰藉料の拡張請求に対する被控訴代理人のなした消滅時効の援用は、理由のないものといわなければならない。

これに反し、弁護士費用は、稔の死と因果関係があるとはいえ、弁護士費用を損害として請求しうるためには、稔の死という原因事実のほかに不当抗争という別個の原因事実が存在することを要するので、弁護士費用の賠償を請求する請求権は、稔の死という原因事実のみから導かれる債権とは別個の債権というべく、従つて、訴提起にあたり弁護士費用を請求しなかつた本件にあつては、右費用の賠償を請求する請求権は、訴提起により中断の効力が及ばないものというべく、これを請求したのは、訴提起後三年を経過した後の昭和五〇年一月二九日であることは前に認定したとおりであるので、右請求権は、時効により消滅したというべきである。

六結論

以上の認定によると、控訴人椎原寂の損害は、(一)葬儀費用二一万二三六〇円の六割にあたる一二万七四一六円、(二)稔の逸失利益九四九万七一八七円の六割にあたる五六九万八三一二円(円未満切捨)の半額二八四万九一五六円(控訴人椎原寂の相続した分)(三)慰藉料一五〇万円以上合計四四七万六五七二円にして、控訴人椎原澄代の損害は、(一)稔の逸失利益の相続分二八四万九一五六円(二)慰藉料一五〇万円以上合計四三四万九一五六円となる。ところで、稔が前記収入を得るためには、収入を得る年令に達するまでの間控訴人らによる養育費・教育費の支出を必要とし、この養育費等は、右収入を得るための必要経費ではないとはいえ、控訴人らが稔の逸失利益を相続により取得する関係からすれば、稔の死により支出を免れたことになる養育費等は、損益相殺により、前記損害から控除するのが相当である。昭和四六年当時の養育費・教育費は一ケ月一万五〇〇〇円程度であるので、その年間の費用一八万円の満二〇年に達するまでの全額の不法行為時における現価は二〇七万六五三四円(18万円×ホフマン係数11.53639079)となり、その半額宛を控訴人らの前記損害から控除し、控訴人椎原寂の損害を三四三万八三〇五円控訴人椎原澄代の損害を三三一万〇八八九円と認めるのが相当である。

よつて、被控訴人らの附帯控訴は、理由がないので、これを棄却すべく、なお、控訴人らは原審勝訴部分についても控訴しているが、この部分についての控訴は、その利益がないので、これを却下し、控訴人椎原寂の本訴請求は、金三四三万八三〇五円及びこれに対する不法行為の日以降完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める限度において、控訴人椎原澄代の本訴請求は、金三三一万〇八八九円及びこれに対する不法行為の日以降完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める限度において認容し、その余の各請求は、これを棄却すべきものであるので、右と異る原判決を変更すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第九二条第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(伊藤利夫 小山俊彦 山田二郎)

別表 〈省略〉

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